お金と心の学び舎を行う中で考えたこと。
日本は戦後を経て、高度成長期を創り出し、モノ、金では豊かになりました。
所有欲が手助けし、自分の家を持つまたは借りるということで各々が家を持つようにもなりました。
多くの人に住んでもらうために、数を必要とし、個の居場所をつくるため部屋は区切られるようになり、その代償として家族は少数へと変化し、核家族へと移行していきました。
壁で区切られ、鍵が閉められ、隣との関わりが減っていき、所有欲と引き換えに存在の有無が薄れていきました。
企業では仕事をする過程において、自分でなくてもよいとも取れる関わりも出始め、自分である存在意義が薄れてもいきました。
家事を手伝い、家業を手伝うことから、外部で働くことが増え、家で役立っている姿を直接見ることが減り、役立ちは姿からお金に変化していきました。
働くものにとって、お金がその人の価値と考えられる見方が少しずつ人の心に浸透していったと思います。
子どもの役割は、家事手伝いより勉強で高得点を取ることが存在価値とされるようになり、良いと言われる学校に入り、良いと言われる会社に入り、良いと思われてきたお金を稼ぐ能力=生きていく力=存在価値と思い込む人が増えていったからだと考えます。
壁で区切られ、鍵が閉められ、隣との関わりが減っていく中で、個は孤と変化していきました。
孤は恐怖心となり、人は孤を個へ、そして個を己へと存在価値を示すために、 周りを蹴落としてまで頑張れと言われ始めた時代は未だ続いています。
しかしそれは長くは続きません。
なぜならその根底は恐怖心だからです。
恐怖心は即効性はあっても、豊かさはありません。
金銭の豊かさはあっても、心の豊かさは存在しません。
お金が入ってくれば心が豊かになると思い込んではいたものの、恐怖心をもって行動してきた結果のお金は、豊かになったかのように見えてはいても、恐怖心が根底にあるため、結局それ自体は真の豊かさではないと気づいていくことになりました。
学歴が生きていく力だと思われていた考えも崩れ去り始め、豊かになるはずだと信じて働いてきたにも関わらず生活はさほど楽にはならず、そんな時代が数十年も続いていると、あくせく頑張っても結果に繋がらないなら しないほうがマシだと考え、自らの力を発揮することもない人も出始めています。
そして景気は上向かない。
高度成長期。
経済は上向いたが、心の繋がりは衰退していきました。
そして心の繋がりの衰退が、今、経済の衰退に現れています。
日本の経済が元気になるには、日本が元気になるには
壁を取り払うこと。
心の壁を取り払うこと。
地域で子どもを育てていた時代。
生活を、日本を良くしたいと考えていた時代。
その思いを目標を夢を描いていた時代。
今、預貯金の多くを所有しているのは、高度成長期を作ってきた人たちです。
なぜお金は循環しないのか。
それは生活をよくしたいという想いの根底が恐怖心だったからではないかと考えます。恐怖心だからこそ手放すことに恐怖が伴うからです。
愛に基づき、豊かでありたい、豊かにしたいと考えた人たちは
共に創り出し
共に分け合い
お金もモノも情報も循環させてきたと思います。
その子どもたちも親となり、またその子どもたちまでも恐怖心を抱えながら生活していることも少なくないと思います。
その恐怖心がメンタルに現れ、心の病やハラスメントやいじめや自ら命を絶つことや自信の無さにも繋がっていると思います。
話したくても話せない。
誰に話せば安全なのかも確信がもてない。
話したところで無批判で聴いてくれるものでもない。
ならば言わない方がよいのかもと自分の中に留めることも増えてくる。
循環は健康を産み
滞りは病を産む
病は気から
不景気も気から
気を産みだすのは人の心
心が健康であることが
ここに存在する一人ひとりが
経済が
日本が
世界が
豊かになることの根源となります
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